新屋 (あたらしや) 初代創業者の半左衛門が金沢湯涌温泉を民衆に解放した。

SPAプロローグ

金沢の温泉を代表する「あたらしや」多くの人に伝えたい新屋の情熱。

金沢湯涌温泉の総湯「白鷺の足湯」
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KANAZAWA ONSEN

金沢湯涌温泉街の風景
金沢湯涌温泉の風景


金沢温泉郷

金沢には金沢湯涌温泉街をはじめ金沢市内4箇所に温泉地があり、これらを総称して「金沢温泉郷」と呼んでいます。金沢湯涌温泉以外はこぢんまりとした温泉地ですがそれぞれ趣があり、古くから城下町金沢の温泉として金沢市民に親しまれています。

FUTURE

金沢市内に点在する4つの温泉地をご紹介します。

1. 金沢湯涌温泉YUWAKU ONSEN

金沢湯涌温泉は1300年の歴史をもつ金沢を代表する温泉街。江戸時代には加賀藩の湯治場として歴代藩主も足繁く通った。あたらしや旧館跡地に建つ金沢湯涌温泉の総湯「白鷺の湯」や足湯などが併設され、古くから金沢の温泉街として金沢市民や観光客から親しまれる。

参考金沢湯涌温泉の観光案内ページ

金沢湯涌温泉と金沢温泉郷のマップ

2. 犀川峡温泉SAIGAWAKYO ONSEN

犀川峡温泉は、犀川 (雄々しい流れから地元では「男川」とも呼ばれる) の上流にある昭和45年開湯の閑静な温泉地。のどかな田園風景に2軒の温泉宿が佇む。

3. 深谷温泉FUKATANI ONSEN

深谷温泉は津幡森本丘陵の深谷川沿いにある温泉地。天然の保湿成分を多く含んだ琥珀色のモール泉が特徴。周囲が森に囲まれた山あいの中に1軒宿がある。

4. 曲水温泉KYOKUSUI ONSEN

曲水温泉はかつて金沢市七曲町にあった温泉地。2015年に曲水苑の終了をもって27年の幕を閉じた。

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PROLOGUE

金沢湯涌温泉の湯で体を癒やす一羽の白鷺

はじまりは、
金沢湯涌へ舞い降りた
一羽の白鷺

金沢湯涌温泉のはじまりについては諸説ありますが、一説によると今から1300年前の養老2年に、白鷺が湯に浸かっているのを見た村人が温泉を発見したのがはじまりと言われています。

江戸時代には加賀藩主、特に三代前田利常や六代前田吉徳の湯治場として金沢湯涌温泉は古くから愛されました。「金沢を代表する温泉」として現在も親しまれ、昭和レトロな雰囲気が残る温泉街です。

COLUMN

金沢湯涌温泉の源泉臼
祀られる金沢湯涌温泉の源泉臼

金沢湯涌温泉街の薬師堂境内に祀られる源泉臼。当時、この石臼を源泉掘りの枠として使われました。また江戸時代には加賀藩の二代藩主 前田利常 や五代藩主 前田吉徳がこの石臼から金沢湯涌温泉の霊湯を汲んで湯浴みし、体の不調を癒やしたと伝えられています。

しんとした静けさの中、境内そばに静かに佇む金沢湯涌温泉の源泉臼。注連縄しめなわと苔むす臼に木漏れ日が差し込み、辺りは静寂と神聖な雰囲気に包まれています。

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PASSION

金沢湯涌温泉の歴史
金沢湯涌温泉街の貴重な昔の風景写真 (あたらしや所蔵)

それは、
金沢湯涌温泉
解放の物語。

1300年余りの歴史を誇る金沢湯涌温泉は、加賀藩が統治する時代、「藩主の湯治場」として藩主が独占する隠し湯だった。当時の藩主、前田利常公はこの金沢の温泉を藩の管理下において一般の民衆を締めだした。

新屋 (現あたらしや) の初代創業者 半左衛門は"自然からの恵み"である湯涌温泉を一般民衆が利用出来ない矛盾に我慢できず「湯涌温泉解放運動」に起ち上がった。半左衛門の熱き情熱と民衆を大切にする熱意に理解を示した加賀藩は、一般の民衆に湯涌温泉の利用を認めた。

ほどなくして半左衛門は、民衆や湯治に来た人達が囲炉裏を囲み山菜や新鮮な魚を食べる事が出来る温泉宿「新屋(あたらしや)」を始めた。以来、半左衛門が解放した金沢湯涌温泉でどれだけ多くの人が病気や怪我を癒し、心の安らぎを得たかは計り知れない。

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